塗下駄の日本最高品です。この高級塗下駄は国産の本漆とひのきの本物の素材に駿河伝統工芸の塗師の技で仕上げました。永久無料保障もついています。
履く芸術品です
日本最高の塗下駄

日本一の高級塗下駄の産地、静岡。
その静岡の中でも当代随一の匠による逸品です。


世界初!漆塗りに錫の焼付け。
漆塗を極めた匠の新たな挑戦。
この渋い色は世界のどこにも存在しません。

駿河伝統工芸

静岡市は、伝統的工芸品の「駿河竹千筋細工」をはじめ、 漆器、蒔絵、木工、染色などが盛んです。
すでに室町時代の頃より「中川大工」と呼ばれた職人がお椀などを盛んに作っていました。
江戸時代の初めには、徳川家康による駿府城築城や三代将軍徳川家光による浅間神社造営のため、全国各地から腕利きの職人が大勢集められました。
さらに浅間神社は、安永2年(1773年)・天明8年(1788年)の二度の火災で全焼してしまったので、徳川幕府により文化元年(1804年) から約60年の歳月と10万両(今の三百数十億円)の費用をかけて社殿を再現しました。

60 年という長い年月かかりましたので、職人も何代にもわたって手がけることとなり、当時駿府と呼ばれていた静岡市の気候や自然を好み、そのまま住み着くようになりました。
己の技術を磨きながら、土地の人々にも得意な技術を教えたことで静岡の伝統工芸が大きく発展し、現在の木工や漆器、蒔絵の伝統工芸の礎になったのです。
静岡塗下駄

静岡の塗下駄は、駿河伝統工芸のひとつである漆塗り技術を下駄に応用したものです。
明治10年ころ本間久次郎が「美しい、しかも丈夫」という美と実用を兼ね備えた塗下駄を製作しました。
これが大変評判となって静岡の下駄が全国に知られるようになります。
さらに職人たちが研究を重ね、駿河漆器の特徴であるさまざまな変り塗りや蒔絵などを施し、「静岡といえば塗下駄」「高級塗下駄といえば、静岡」といわれるほどにまで発展してきました。
戦後は、生活様式の洋風化に伴い下駄の需要も減少し、塗下駄の需要も激減しました。
現在は伝統技術の蒔絵、漆塗り、彫刻などをいかした高級品が作られています。
高級塗下駄の産地静岡は依然として全国首位の座を不動のままに、伝統を受け継ぎながら質的な向上を続けています。
塗師

この塗下駄をには、駿河伝統工芸の中でも随一の漆塗職人である作者の誇りと自信をこめて「ぬ志成」が刻まれています。
塗師(ぬし)とは、江戸時代以前から用いられる漆芸家の古称です。
漆芸では分業制が取られており、生地師(きぢし)や蒔絵師(まきえし)などに対して特に漆を塗る職工に用いられます。
鎌倉彫

この塗下駄は鎌倉彫で文様が表現されています。
鎌倉彫の魅力は、手彫りで表現された刃跡の、ある時は繊細な、またある時は力強さや暖かさ、リズムなどさまざまな表情と、塗り重ねられた漆の潤いのある光沢と丈夫さです。
昔からほとんど変わらない技術と材料で作られているため、醸し出される自然さ、素朴さと堅牢さが現代人の我々の心を大きく動かします。
鎌倉彫の起源は、鎌倉時代に遡ります。
武家政治の中心であった鎌倉幕府は、中国の禅宗を積極的に取り入れました。禅僧の中国との交流が深まるとともに、中国から多くの文物がもたらされ、その中に彫刻模様とともに刻み込まれた漆層の美を同時に表現した彫漆工芸品がありました。
その影響を受け、当時の仏師や宮大工たちが、寺院の須弥壇や前机、香合といった儀式具や調度品を彫刻し漆を塗り重ねたのが鎌倉彫の始まりです。
ひのき

この下駄は日本国産のひのきでつくられております。
ひのきは丈夫でくさりにくく長持ちします。古くからヒノキは木材として最高のものとされており、神社仏閣の建築用材、仏像などの彫刻材、家具調度用の材として重用されてきました。
また、日本産のひのきは生産数も少なく現在では非常に貴重なものとされています。
塗師の願い
本漆、日本のひのきという本物の材料に加えて、匠の技で仕上げられた塗下駄は、実用品として一級品であり、丈夫で長持ちします。しかし、万一不具合が生じたり、傷がついたりしたら無償で補修いたします。送料のみご負担ください。
塗下駄ひとつひとつが作者とっては我子同然です。品質に対する絶対の自信はもちろんですが、「嫁に出した子供を末永く愛していて頂きたい」、そんな想いでの永久無料保障です。
塗師 成滝 嘉宥 静岡県静岡市中田 在住
高級塗下駄 販売価格 3万円
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